コメントにもあったり、なんで郡司さんって東海大学に決めたんですか?って結構聞かれることがあったので、書きたいと思います。
どっかの記事に書いていなかったっけ?思いましたが、詳しくは話していなかったなっと思いと、今後の進路に迷っている方の力になれればなって思います。
- いつ決めたのか
- なぜ東海大学なのか
- 強豪校の同期たちに不安は無かったか
いつ決めたのか
僕の場合は比較的早くに決めたした。高校二年生の11月。日体大記録会で10000mを走りました。初の10000mだったのですが、29分22秒で走れました。
そこで走り終わってすぐに高校の監督に、東海大学に行きたいです。両角先生に教わりたいです。っていいました。
このタイムなら自分の行きたいところ自信持って言えると思い。
それまでいえなかったのは自分に自信がなかったのと、高校の監督が順大の卒業生だったので少し言いづらくて、、、
その一週間後に関東駅伝があり、いろいろな大学の監督だ来ていて、そこで高校の監督に両角先生に伝えてもらいました。
そしたら、そこでオッケーをもらいよろしくお願いします。ってなりました。
なぜ東海大学なのか
これは、本当に単純です。
ただ、両角先生に教わりたかった。ただそれだけです。
僕は中学二年生の時に都道府県対抗駅伝に選ばれました。その時に宇賀地さんに出会い、将来こんな強い選手になりたいって思うのと同時に、ファンになりました。
兄が行った駒澤大学だということも知りました。
将来自分の駒澤大学に行きたいって最初は思っていました。
あるとき、日本選手権の映像を見ていて、衝撃を受けました。
1位 佐藤悠基 2位 村澤明伸 3位 宇賀地強
自分の中で宇賀地さんが日本一の選手だと思っていたので、めちゃくちゃ驚きました。
調べてみたら、二人とも高校時代の恩師が同じ人で、両角先生でした。
しかも、留学生抜きで都大路を優勝したり、1500mで日本選手権優勝させたりと、すげー!って思いました。
どんな練習をしているんだろう。自分も教わったら、同じような選手になれるのかなって思っていました。
数年後、両角先生が東海大学に就任され、すこし運命的なものを感じました。
俺も教われるじゃん。って
その時から、僕は東海大学に行きたいなって思っていました。
強豪校の同期たちに不安は無かったか
めちゃくちゃありました。
自分が決めたときには誰が入るなんてまだ知りませんでした。
っていうか、たぶん自分が一番最初に東海大学を決めたんじゃないかなと思います。
自分が決めた後に、鬼塚やら羽生、關が入ってくると聞き、、、、
「まじかよ!!!うそでしょ!!!」
って思っていました。
本当に駅伝に走れるのかなとか、途中で、心折れちゃわないかなとか
本当に不安でした。
その時に、高校の監督に言われました。
「大丈夫だ、お前さんは努力をできる。だから、だんだんと差は埋まっていくから、努力を忘れちゃだめだからな」
信じている高校の監督にそういわれて、行くことに対して、少し不安はなくなりました。
不安よりもその時には、もし同じくらいになれらどんな景色が見られるんだろう
すごくたのしみになっていたのを覚えています。
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こうやって昔のこと振り返ってみるといいですね。
懐かしいのと、本当にあの頃のやる気がまた戻ってくる感じがあります。
僕は難しいことが、あまり得意じゃないので基本決めるときや考え方は簡単です。
これっ!!!って感じです。
もし、今迷っている人がいたらもっと簡単に考えてみてください。
それと、一番大切なのはどこに行くかよりも、そこで何をするかだと思っています。
これからどんどん寒くなってくるので、体に皆さん気を付けていきましょう
最後まで読んでくださりありがとうございます。
いいなって思ったり、面白い。って思ったら、拡散してくださるとうれしいです。
では、明日からまた頑張っていきましょう!!!
コメント
郡司陽大さん
こんばんは。
はじめまして。
私は東海大学卒業生です。
陸上、駅伝とは関係無い人間ですが、毎年ですが駅伝での東海大学の活躍に刺激を受けています。
あの2019年の箱根駅伝での初優勝は感動しました。
あの時、アンカーで走ってくれてありがとうございます。
私は2002年に卒業しました。
今でも東海大学を卒業して良かったと胸を張れます。
体調の方は如何ですか?
郡司陽大さんらしくいきましょう!